女性漫才師の今くるよさん。
長年、漫才コンビ「今いくよ・くるよ」のボケ担当として活躍し、数々の賞を受賞してきました。
今回は、今くるよさんの若い頃についてお伝えします。
【画像】今くるよの若い頃が美人過ぎて衝撃!
今くるよさんは、1947年6月17日生まれの76歳です。
京都府京都市出身で、血液型はA型で6人兄弟です。
京都市立朱雀第三小学校、京都市立松原中学校を経て、京都明徳商業高校(現・京都明徳高校)を卒業しています。
高校の同級生だった今いくよさんとコンビを結成しています。
高校生時代
当時の写真がこちら。
お2人ともとても綺麗ですね。
二人とも高校時代はソフトボール部に所属しており、
- いくよさん⇒センターでキャプテン
- くるよさん⇒当初はキャッチャーでマネージャー
だったとのことです。
なんと3年生の時に、全国大会で準優勝をしています。
高校卒業後、一般企業に勤務していた今くるよさん。
転機が訪れたのは1970年のことでした。
島田洋介・今喜多代に弟子入りし、同期の今いくよさんとコンビを結成。
「スエ子・正子」の名で吉本興業に所属し、芸能界デビューを飾ります。
今いくよ・くるよは当初、なかなか日の目を見ることができませんでした。
しかし、1980年の『花王名人劇場』(関西テレビ)への出演が転機に。
この時のネタ見せで、今くるよさんがお腹を叩いたところ大ウケ。
これを機に、翌日から仕事のオファーが殺到したといいます。
漫才師になってから
『花王名人劇場』出演以降、今いくよ・くるよは女流漫才師の第一人者として活躍します。
1984年には上方漫才大賞、1988年には花王名人大賞を受賞。
派手な衣装の由来
派手な衣装が今くるよさんのトレードマークとなっていますが、その由来は意外なエピソードがありました。
派手な手作り衣装を着るようになったきっかけは、倉敷市民会館での公演時に衣装を忘れてしまい、会館にあったカーテンをアレンジして衣装にして舞台に立ったことだったそうです。
この出来事から、今くるよさんは岡山県倉敷市に愛着を持つようになり、倉敷市真備町のマービーふれあいセンターでのこけら落とし公演にもコンビで来られたといいます。
この衣装に関しては、専属のデザイナーが付いており、全て手作りだったのだとか。
今くるよの現在の姿
相方の今いくよさんが2015年に他界して以降、今くるよさんはピン芸人として活動を続けています。
2020年には「東西笑いの殿堂」に出演。
その際に痩せていること、車椅子だったことに衝撃を受けた人が多かったようです。
2022年4月には、吉本興業創業110周年特別公演「伝説の一日」のステージに立ちました。
この公演でのなんばグランド花月出演が、今くるよさんにとって2019年以来、3年ぶりのことでした。
今くるよの昔の若い頃と今現在を比較
現在と昔の写真を比較しています。
高校時代は非常に綺麗でかわいいですが、芸人になってからも顔は変わっていませんね。
まとめ
今くるよさんはその類まれなセンスとひたむきな姿勢で、女性漫才師の第一人者としての地位を確立しました。
今いくよさんが亡くなった後もピン芸人として活動を続けていました。
現在では多くの女性芸人が活躍していますが、今いくよさん、今くるよさんの活躍があってこそだと思います。